投稿日:2018年12月18日 / 更新日:2018年12月21日
ヘルシンキの小山です。一時帰国から戻って一週間が経ちますが、その間にヘルシンキに雪が降りました。最高気温が氷点下からせいぜい2度ぐらいまでの日が続いているので、最終的な帰国までずっと雪景色かもしれません。
今回はやや番外編的な内容です。Webにヘルシンキ便りをアップして頂いている広報委員会から「サバティカル中の孤独への対処法」について書けないか、という打診を受けました。古くは夏目漱石が有名ですが、留学中に孤独にさいなまれるという経験をする人は多いです。語学力が不十分(私含む)ならなおさらです。
※この場で恥をさらしますが、私自身の語学力(会話力)は決して高くありません。文献を読む、メールなどをやりとりする、等は問題ありません(ただし、論文を書く際の英文校正は必須です)。しかし、学会やセミナーでの発表&質疑応答といった学術的なディスカッションぐらいは(少しゆっくり話してもらえれば)大丈夫ですが、話題があちこちに飛ぶ懇親会になると相当キツいです。こういう人に参考になると思います。
私は妻と一緒にフィンランドに来たため、この原稿を書いている段階でフィンランドでの一人滞在は実はまだ一週間です。しかし、「種々の理由から研究者ネットワークから完全に切り離された状態で何ヶ月も海外に滞在する」というかなり特殊な環境に私自身が置かれたこともあり、ある程度は参考になるかと思います。
○背景:小山の状況
私の状況について書いておきます。お願いしていたファカルティのキャンパス移転作業が遅れていることも有り、7月以降お願いしていた大学内に私が滞在&仕事が出来る場所がありません(年明けには何とかなりそうです)。そういった事情もあり、ホスト役の人とはほとんど会えていません。実は、妻が欝にかかる前から、私はフィンランドで研究者コミュニティから切断された「ぼっち」の状況でした。11月末~12月初頭の一時帰国で妻は日本で療養に専念することになったので、現在は本当に「ぼっち」です。
家族がいる状況だったためそこまで酷い孤独はありませんでしたが、妻が欝にかかり自分に全部負荷がかかった状態の時は自分も相当危険だったと思います。しかし、インターネット接続が普及した現代では、孤独を緩和することは比較的容易です。
○日本での「日常」を持ち込めることの功罪
インターネット接続があるということは、「日本語で読める/文字ベースで会話できる」環境が常に存在する,ということです。さらに言えば、フィンランドはインターネット接続環境が非常に良好(プリペイドのSIMカードで1日100円程度、容量制限無し、テザリング自由)なので、スマートフォンで日本とつながり続けることができます。
このことがもたらす功罪は言うまでも無いでしょう。SNS(私の場合だとFacebook)で日本の人と常にやりとりができます。これは、現地への適応を(決定的に)遅らせますが、妻が欝にかかり、看病で孤立無援と感じたときに私を支えてくれたのは間違いありません。
また、サバティカルで学務免除と行っても、100%無くなるわけではありません。委員会関連の相談メールや、私がお願いして来て頂いている非常勤講師の方とのメールのやりとりなどは行っていました。学会からお願いされているこの『ヘルシンキ便り』もそうです。普段は、雑務は煩わしいものですが、孤独な状況では貴重な日本との繋がりになっていました。
○電子書籍
日本では学術書の電子出版は非常に遅れていますが、英語圏では既に一般化しており、AmazonのKindleで購入できます。Kindleで購入した書籍は、拙著『日本デジタルゲーム産業史』を書く際にも非常に役に立ちました。
しかし、今回は日本語の電子書籍に随分救われました。小説、漫画、雑誌などが電子版で購入できることは、海外滞在中によくある「日本語で目を通せるものがごくわずか」という状況を解消できました。
余談ですが、一部の書籍には「日本国内以外販売禁止」という条項がついていることがあります。契約に条項があるためだと思いますが、別の電子書籍サイトでは購入可能な場合があり、電子書籍環境がまだ発展途上であることを感じさせられたりします。また、あるタイトルを(この原稿を書くために)確認したら購入可能になっていました。事態は現在進行形で変化(海外にいる日本人にいい方向に変化)しているようです。
国内限定の作品の場合、このような画面が出ることも
(サイト名が分からないように加工しています)
○適度な外出・散歩・陽の光を浴びる
文系の学部/学科で博士課程を過ごした経験がある人だと分かるかと思いますが、(学会の締切りなど)すぐにやることが特にない状況ずっと同じ環境にいると、精神衛生に非常に悪いです。適度に外出し、体を動かし、新しい刺激を自分に与えることが重要です。
私の場合、逗留先の宿でずっと仕事をしているのが精神衛生に悪いので、積極的に街中のカフェまで出かけて仕事をしていることが多いです(この原稿も、カフェで書いています)。そのあと、街中を散歩して帰ります。妻がいたときも、薬が効いて欝が安定したあとは、積極的に外に連れ出していました。
また、北欧の冬は日照時間が短く、季節性鬱病にかかる人が多いそうです(日本だと、日本海側の豪雪地帯がよく似た状況のようです)。日照不足によるビタミンD生成不足→生成プロセスでビタミンDが必要なセロトニンが不足→季節性欝病という影響経路のようで、街の電気店でも、季節性うつ病の対策としてブライトライトが売られています。研究者が滞在する国・都市は日本より北に位置し、日照量が不十分なことが多いので、積極的に外に出て光を浴びることは本当に重要です。
○(余談)ポケモンGO
欝病防止で積極的に外出するにあたって、非常に重要な役割を果たしたのがポケモンGOでした。ポケモンGOのプレイは日本に居る頃から妻の方が熱心でしたが、フィンランドでも継続的にプレイしていました。歩くことで卵が孵化するというゲームデザインなので、外に出るきっかけとして非常に大きな役割を果たしてくれました。
また、逗留先の宿から徒歩5分程度の場所にジムが2つあるのですが、欝で不眠状態のときに気分転換を兼ねて2人でジムバトルに出かけたり、レイドバトルがあるときに出かけたり、というのは良くある光景でした。
「欝防止のために」とマジメに構えて出かけるのは億劫な気分になりがちです。しかし、「ポケストップを回す」とか「ジムバトルをする」といった理由で出かけるのはずっと敷居が低いです。まさにゲームフィケーションの生きた実例を体験していた感じです。
○経済的な余裕(開き直り)
外出すると、当然ながらお金がかかります。せっかく海外に来ているので、つい買い物をすることもあるでしょう。日本で生活するときより、買ってしまうものが多くてもおかしくないです。しかし、海外だと、その支出がかなり厳しいのは事実です。「失われた20年」の影響は海外滞在者の経済的な厳しさに直結しています。企業から派遣されている人は物価調整分が考慮されていると思いますが、大学からサバティカルで渡航した場合、日本での給与分だけなので(それでも十分ありがたいですが)、物価の差や豊かさの差、さらには日本と現地の二重家賃などに苦労することになります。
2017年の一人あたりGDPはフィンランドが45927.5ドルで17位、日本が38448.6ドルで25位です(IMF World Economic Outlook Database)。大まかに経済的な豊かさでは1.2倍程度の差があります。フィンランドは付加価値税率が高く(食料品などは軽減定率が適用されているが、一般的な物品は24%)、結果として物価も高いため、体感では、もっと差があるように感じます。「1ユーロを100円と思って生活する(=30%程度の差)」とちょうど同じぐらいです。経済的な部分で気苦労が絶えないと精神的に追い込まれますが、そこは「一生ものの経験」をしていると開き直って日々貯金を切り崩して生活しています。
○現地日本人とのつながり
多くの国に日本人会があり、花見や縁日など、定期的にイベントを行っています。私の場合、渡航前にその情報を仕入れ、いくつかのイベントに参加していました。「誰かと日本語で会話できる」という状況は、私以上に妻が嬉しそうにしていました。
また、妻がヘルシンキで通院したときにお世話になった医療通訳の方とは、日本人会のネットワークで知り合ったものです。正直なところを吐露すると、妻が欝になって私がどうすれば良いか逡巡しているうちに、妻がSOSを出したのが別のイベントで知り合っていたその方だった、という次第です。
日本国内に居るときには(県人会のような)地元民のネットワークには全く無関心でしたが、今回の滞在では本当に助けられました。海外で、英語だけではどうしようもならない状況になることがあります。そのときに、現地の言葉が話せる日本人と繋がりがあることは、セーフティネットとして非常に重要です。