投稿日:2018年11月27日/ 更新日:2018年11月27日


 ヘルシンキの小山です。11月のヘルシンキはずっとどんより曇っています。原稿を書いている11月20日までで、晴れたのは2日だけです。また、日中でも氷点下となり、外出が辛くなってきました。前のヘルシンキ便りから間が短いですが、ロンドン大学SOAS日本研究センターで行われたセミナーで発表してきましたので、記憶が風化する前に書いておきたいと思います。


ロンドン大学SOAS(University of London, School of Oriental and African Studies)

 ロンドン大学SOAS(University of London, School of Oriental and African Studies)でLecturerをされている三原龍太郎さん(https://www.soas.ac.uk/staff/staff115188.php)の紹介で、11月14日にロンドン大学SOASにあるJRC(Japan Research Centre)のセミナーでお話をしてきました。テーマは”History of the Japanese Video Game Industry”(日本ゲーム産業史)です。
 大学にお勤めの方はおわかりかと思いますが、通常はこの種の外部から人を呼んで行うセミナーはあまり人が来ないため、同僚や、時には自分のゼミの学生も動員して話す人の面目を保つ、ということが良くあります。私の場合、内容が一般受けすることもあり、事前登録制・先着順・部屋のキャパシティで締切り、というかなり珍しい形になりました。
 セミナーには日本からサバティカルでSOASに来られている先生方や、他大からわざわざ見に来てくれた学生の方など、数多くの参加者がありました。びっくりしたのは、拙著の現物(日本デジタルゲーム産業史)を持参してセミナーに来られた方が2名(非日本人)いたことです。それだけ、日本のゲーム産業に関する英語での情報発信が求められていると言うことだと思います。


発表の様子(撮影:三原龍太郎さん)

 ゲーム産業の誕生から現在まで話したので、時間はかなりタイトでした。発表中はニコニコしてウンウンと頷いている学生が居て、日本の他大での1コマ出張講義と変わらない光景でした。ゲーム好きの反応はどこでも同じようです。
 最後のまとめで「日本のゲーム産業と米国の自動車産業のイメージが重なる。世界一と言われていたが、市場環境の変化に適応できなかった。」という話をしたところ、強く頷かれた人が何人もいたので、話したいことの大筋は伝わったかと思います。発表後の質疑応答では、私の議論の大筋には納得しつつも、「日本ゲーム産業が復活する道はないのか?」という質問半分/激励半分の質問を複数の人からいただきました。
 その後の懇親会では、ゲーム好きの精神科医グループ(https://twitter.com/gamingthemind)から質問を受け、日本でのゲーム障害(gaming addiction)の状況について質問されました。1)WHOへの申請をした際に日本の久里浜病院のグループが大きな役割を果たしたこと、2)(日本・および本体の)デジタルゲーム学会では反対意見を表明していること、3)個人的な意見としては、ゲーム障害というのは目に見えている状況ではあるが、実際は欝、不安、パニック・・・といった既存の症状として診断すべきであると考えている、という話をしました。
 あと、余談ですが、三原さんから今回の発表が「『日本は昔良かったけど、いまは低迷している。なぜなのか?』という”Japan Studies”(日本研究)の標準フォーマット通りになっている」、という感想を頂きました。”○○ Studies”と呼ばれるそれぞれの国や地域に関する研究領域の流行・沈滞はその国の勢いに影響を受けるそうで、日本研究の勢いは弱まっているそうです。日本研究の需要が弱まる中で、日本のゲームやゲーム産業の研究は重要性が高そうです。

 11月26日(日本着27日)~12月9日まで、日本に一時帰国しております。その際にどこかで見かけた場合は気軽に声をかけてください。よろしくお願いします。